はじめに:標準可視化を“現場の仕組み”に変える
可視化は「見る」で終わらせず、入力(書き込み)・外部AI/数理との連携・自動アクションに結び付けてこそ現場が動く。そこで力を発揮するのがエクステンション(拡張)です。
本記事では、エクステンションの種類とアーキテクチャ、導入判断の基準、セキュリティ/ガバナンス、運用の型、そしてすぐ真似できるユースケースまで、実務視点で体系的に解説します。
1. まず「何ができるか」早見表
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書き込み(Write-back):ダッシュボード上のフォームから目標・コメント・承認結果をDBやSaaSへ保存
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外部分析の呼び出し:Python/R/MLのスコア算出・予測・最適化結果を計算フィールドで返す
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高度なUI:カスタムフィルター、日付レンジピッカー、複合スライダー、マップドリル、ガント操作など
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自動化:しきい値超過でチケット発行、Webhook送信、外部API連携
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データ接続の拡張:RESTのみの業務システムやSaaSからの独自取り込み
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プレイブック化:同じ動きを複数ダッシュボードで再利用(設定だけで横展開)
重要:導入時は、**“見る人が今どんな意思決定をしているか”**から逆算して機能を絞ると、効果が最速で出ます。
2. 種類と使いどころ(選定の地図)
A. ダッシュボード拡張(Extensions API)
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正体:HTML/JSで作られたWebアプリが、ダッシュボード内の**枠(iframe)**で動く。
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できること:
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ビューやシートから要約/元データを取得
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選択・フィルター・パラメータを双方向に操作
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画面上の設定値を保存(ワークブックに結び付く設定ストア)
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向き/不向き:書き込みUI・高度な操作・外部API連携に最適。重い前処理はサーバ側へ。
B. アナリティクス拡張(外部サービス連携)
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正体:計算フィールドから外部ランタイム(Python/R/AIなど)を呼び、数値・文字列を返す。
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代表的な用途:需要予測、異常検知、スコアリング、最適配分、要約文生成など。
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注意点:タイムアウト/並列数とキャッシュ設計が命。重い推論はバッチ前計算も併用。
C. データ接続の拡張(コネクタ/WDC)
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正体:REST/SaaS等から独自の取り込みを行うコネクタ。
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使いどころ:標準コネクタが無いSaaSや私設APIからの定期取得。更新スケジュールと**認証(OAuth等)**が肝。
迷ったら:
画面内操作・書き込み=A
高度な計算/予測=B
取り込み源の拡張=C
3. ダッシュボード拡張の仕組み(3分で理解)
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画面の拡張コンテナに、任意のWebアプリ(社内ホストやギャラリーの製品)を読み込みます。
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初期化後、JSからシート・パラメータ・フィルターにアクセス。イベント(選択・フィルター変更)を購読し、双方向に連携。
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設定は
settings
に保存してワークブックと一緒に持ち運び可能。 -
書き込みは拡張アプリが自前のAPIにPOST→DBへ永続化するのが定石(キーやトークンはサーバ側保持)。
最小イメージ(概念コード)
予算入力や承認ボタンなどUIを載せたいときに最も効く選択肢です。
4. アナリティクス拡張の要点(Python/R/ML)
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計算フィールドから外部エンジンを呼び出し、SCRIPT_REAL / SCRIPT_INT / SCRIPT_STRなどで結果を受け取る設計。
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例:移動平均+外れ値判定をPythonで返す(概念)
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推奨設計:
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同期推論で重い処理は避け、前日バッチで特徴量/スコアを保存→ダッシュボードは参照のみ。
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結果キャッシュを外部側で持つ(同じ引数で再計算しない)。
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タイムアウト/同時接続数を運用SLOに合わせて設定。
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5. データ接続の拡張(WDC/独自コネクタ)
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REST/GraphQL/CSVエンドポイントから定義済みスキーマで取得。
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増分更新・OAuth・レート制限・失敗時の再試行を含めた運用設計が必須。
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大量データは抽出(Hyper)で運用、直近N日ローテで軽さを担保。
6. セキュリティ&ガバナンス(ここを外さない)
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許可ドメイン:拡張が読みに行くホストを許可リストに登録。未知のホストは禁止。
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最小権限:
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ビュー上の必要な列だけを参照
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書き込みAPIはスコープの狭いトークン、秘密はサーバ側にのみ保管
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データ持ち出しの制御:
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元データ取得API(underlying)の使用可否を設計で制限
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RLS/データソースフィルターと整合
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監査ログ:ユーザー・ワークブック・拡張名・主要操作・外部APIリクエストIDを記録
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障害時の劣化運転:拡張が落ちても標準シートは閲覧可能にする(“読み込み中/再試行”UI)
7. 導入ステップ(PoC→本番の型)
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ユースケース定義:誰が・いつ・何を決めるか(KPI・更新頻度・配布方法も確定)
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方式選定:A/B/Cいずれか。必要なら併用(例:AでUI、Bでスコア計算)
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セキュリティ審査:許可ドメイン、データ取扱い、秘密管理、ログ方針
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環境分離:Dev / Test / Prod の3層。URL・トークンを切替
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PoC(2週間):最小の書き込み or 予測1本を動かす
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本番化:抽出スケジュール/アラート/サブスク配信/SLA
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運用移管:手順書、障害時フロー、改善ループ(閲覧数・再訪率・意思決定件数を測る)
8. 鉄板ユースケース10選(目的→効果まで)
① KPIコメント&目標入力(書き込み)
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目的:月次KPIの背景を残し、翌月の改善へ。
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拡張:フォーム→API→DB書き込み。
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効果:会議時間-30%、**“なぜ”**の共有定着。
② 営業予実のシナリオ比較
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目的:値引・単価・数量をいじって着地見込みを瞬時に算出。
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拡張:スライダー/パラメータ→P/L再計算→保存&呼び出し。
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効果:意思決定の当日化。
③ 需要予測+補充提案
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目的:在庫切れ防止と過剰在庫削減。
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拡張:外部Pythonで日次予測→安全在庫計算→補充量提案。
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効果:在庫回転+10〜20%、欠品-15%。
④ 不良・障害の異常検知とチケット連携
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目的:検知→起票→担当アサインを自動で。
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拡張:3σ超過でWebhook→サービスデスク。
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効果:検知〜一次対応までの平均時間半減。
⑤ マーケ施策の自動A/B判定
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目的:勝ちクリエイティブをすばやく見極め。
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拡張:統計的有意性テスト→採用ボタンで配信先に反映。
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効果:CPO-10〜15%。
⑥ 物流の遅延ホットスポット&代替ルート提案
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目的:SLA逸脱の予防。
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拡張:地図上で遅延クラスタ→代替提案をAPI取得。
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効果:遅延-15%、SLA+8pt。
⑦ CSの解約予兆スコアとタスク生成
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目的:ハイリスク顧客の先回り対応。
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拡張:利用低下や問合せフラグからスコア→タスク自動発行。
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効果:解約率-2pt、アップセル+5%。
⑧ 監査向け証跡添付(画像/ファイル)
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目的:現地写真・承認書をレコードと紐付け。
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拡張:ファイルアップロード→ストレージ保存→URLを書き込み。
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効果:監査対応時間-40%。
⑨ 多言語切替
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目的:海外拠点の利用促進。
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拡張:UIテキスト辞書を読み込み、言語パラメータでラベル切替。
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効果:ユーザー満足度↑、展開速度↑。
⑩ 一括エクスポート&配布
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目的:部門別にカスタムPDF/画像を一括生成。
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拡張:リスト選択→レンダリング→ストレージへ保存・メール送信。
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効果:配布作業を無人化。
9. UI/体験をよくする細部のコツ
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初期は軽く:粒度=月・期間=直近6か月・点(マーカー)無し
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最終点ラベル:凡例を見ずに系列を識別できる
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イベント注釈:施策・障害・値上げ日を線上に
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ハイライト:選択系列だけ濃く、他は薄く
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設定の持ち運び:拡張の
settings
にしきい値/辞書/既定言語などを保存
10. パフォーマンス最適化(“重い”を未然に防ぐ)
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抽出(Hyper)+増分更新で安定化
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拡張は遅延ロード(表示された時点で初期化)
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外部分析はバッチ前計算+キャッシュの二本立て
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高頻度のポーリングは禁止、イベント駆動で
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マーク数の上限を決め、拡大時のみ詳細を描く
11. よくある落とし穴と回避策
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「集計と非集計の混在」エラー:計算は粒度を揃える(両辺
SUM()
/ATTR()
/FIXED
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JOINで行が増殖:粒度が異なるテーブルは**関係(Relationship)**でつなぐ
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許可ドメイン漏れ:本番URL・CDN・API先をすべて登録
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秘密露出:キーをフロントに置かない。プロキシAPI経由で呼ぶ
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外部停止時の白枠:エラーUIと再試行ボタンを内蔵
12. 15分PoC:ダッシュボードからコメントをDBへ
目的:グラフ右側にコメント欄を置き、登録→表に即反映。
手順
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※サンプル拡張を配置(社内Webサーバ)
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フォーム:ユーザー、対象行キー、コメント、重要度
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拡張→自社APIへPOST(JSON)
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API→DBへINSERT、応答でID/時刻を返す
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ダッシュボードの表は自動更新(データ更新 or 拡張がpush反映)
ポイント:
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RLSとユーザー属性でコメント閲覧範囲を制御
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監査用に編集履歴も別テーブルに
13. 導入前チェックリスト
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目的とKPI、更新頻度、配布方法が合意済み
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方式(A/B/C)が決定、PoC範囲が明確
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許可ドメイン・秘密管理・ログ方針を策定
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Dev/Test/ProdのURL・トークン分離
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抽出スケジュールと配信チェーン(更新→配信)
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障害時の劣化運転(標準シートは生かす)
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効果測定(閲覧数・再訪率・意思決定件数)を設定
まとめ
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可視化を入力・外部分析・自動化へつなげることで、ダッシュボードは意思決定の装置になります。
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選び方は**A(画面操作/書き込み)/B(外部分析)/C(取り込み)**の3系統で判断。
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成功の鍵は、軽い初期表示・安全な権限設計・劣化運転・前計算+キャッシュ。
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まずはコメント入力かシナリオ比較の小さなPoCから。効果が出れば横展開が一気に進みます。
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